世界における日本の存在感
2016年オリンピックの東京への招致活動が進められています。評判は悪くなさそうですが、IOC委員のリップサービスや、招致委員会の自画自賛に留まっている感もあります。一説では、この招致活動に300億円もの税金が注ぎ込まれているんだとか。それだけのお金があれば、いろんなことができると思います。福祉事業にしても、教育活動にしても。
石原都知事の思いつきだけで浪費するには、かなりもったいない金額です。招致に成功しても、まだまだ問題山積ですし、失敗したら、穴埋めはどうするのでしょうか。オリンピックの開催は都市が主体となるために、一応東京となっていますが、やはり国のバックアップは欠かせません。それを考えると、オバマ大統領の強力なプッシュがあるアメリカのシカゴや、南米初を目指すブラジルのリオデジャネイロには、今ひとつアピールが弱いように思えます。国と東京都が一体となって、どこまで存在感を示せるかにかかっているのでしょう。
携帯電話の世界では、それがいち早く成立しつつあります。日本における携帯電話は、国内市場への依存度が高かったこともあり、極端に世界との競争力が喪失していました。いたずらに高機能や独自技術ばかりを推し進めた状況を、孤島でのオリジナルな生物体系進化にの揶揄して、「ガラパゴス化」などと表現することもあります。
しかし第三世代携帯電話においては、ようやく互換性の重要性が認識され、有力なデータ通信規格の導入や、それに沿った開発が進められてきた。そして未だ企画段階ながら、第四世代携帯電話においては、さらなる規格の統合が進むと思われます。これだけを見れば、日本の携帯電話業界には、喜ばしい話と考えることもできます。しかし反対に考えれば、世界のメーカーが日本に進出してくることも、可能になったと言えるのです。
一部のメーカーでは、携帯電話市場に、かつてのような利益が望めないことから撤退がささやかれているそうです。飽和した市場からは、力のないメーカーがはじき出されるのは、最近ではデジタルカメラの世界を見れば、よく分かると思います。携帯電話の世界がどう変化するのか。それに日本のメーカーがどう対応するのか。興味を持って眺めていきたいです。
関連する投稿
タグ
2009年07月01日
コメント&トラックバック(0)
| トラックバックURL
|
カテゴリ: 日替わりコラム
